今ココ、アバンギャルドな日々、日常現場最前線

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日本社会におけるタトゥーtatooについて。

こんにちは〜!

アバンギャルドフクイです。


 先日入れていただいた背中のタトゥーの施術が終わり、ついに完成いたしました!


国内におけるタトゥーtatooの一般的な認識はまだまだおおっぴらにはするべきではないというタブー感は否めません。


そういったことから今回は昨今タトゥーtatooについての日本社会における現実的な立ち位置と今後について私的見解をまとめていきたいと思います!



私とタトゥーtatooについて。


私は実際のところ、父が公務員というごくごく一般的な家庭に生まれ育ち両親からは


タトゥーtatoo=刺青=ヤクザ者


という風な(たぶん中学生〜高校生くらいかな)言われ方をしておりました。


その当時の私は陸上競技部で短距離をやっていて、本気でアスリートを目指すスポコン少年でした。

もう朝昼晩とブカツの事しか考えていませんでしたね。

けっこうブカツに対しての姿勢は真面目だったのでオリンピック選手の動きとか国際大会の強い選手のフォームだったりスパイクだったりと、スタイルを真似したりしてたんですよね。


すると、どうでしょうか、オリンピックで金メダルをとったりするアメリカの黒人選手とかが腕とか肩にバッチリタトゥーtatooが入っているんですよね。


これに対し、少年の私としてはソコにシビれる憧れるぅ〜という。。



こういった経緯からか、私の中ではタトゥーtatoo=ヤクザという認識はブッ壊れてしまいます。

いくら父親がそういう風に教育していたとしても。



余談ですが。。


この辺りの時代背景としては90年代中盤から後半のお話なんですが、当時はNike AIR MAX95を皮切りに00年代あたりまでハイテクシューズが流行ったり。

また、NBAも深夜テレビで放映されたりしておりました。民法のテレビでは今では見る影もありませんね。)

NBAの有名選手でさえタトゥーtatooを入れている選手も少なくなく、これまたとても格好良く映ったのを覚えております。


ちなみに私の先日背中に入れていただいた作品コチラ。ガッツリ掘っていただきました。

感謝!

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日本社会におけるタトゥーtatoo


 タトゥーtatooは日本社会においては“刺青”または“入墨”と言われ、反社会的なイメージが強く、小さなワンポイントのタトゥーtatooがあるだけでも温泉やゴルフ場、スポーツジムなどへの入場が規制されます。

筆者も20代はじめの頃は黙ってタトゥーtatoo規制がある銭湯(スーパー銭湯etc)に入った際に、不愉快に思った他のお客から通報されて締め出された経験もありました。


では、なぜなのでしょうか?


それを理解するには日本のタトゥーの歴史を知る必要がありました。


※リンク

日本のタトゥー史(Tatoo Friendlyより)

https://tattoo-friendly.jp/ja/2017/12/the-history-of-tattoos-in-japan/


リンクの記事を読ませていただき、お恥ずかしいことなんですが、入れ墨(irezumi)イレズミという言葉自体がそれに対してとてもネガティブな言葉だということをはじめて知りました。


江戸時代から現在にいたるまで、職人たちが


「自分たちの文化は誇りある〝彫りもの〟であり〝入墨〟と呼ぶはやめてくれ」


と主張する気持ちもとても良く理解できます。


さらに『刺青』を本来なら〝Shisei(シセイ)〟と読むところを(現在までも)イレズミと読ませていることに、私は悪意に近しい嫌悪感をも感じてしまいます。


また、日本人の親の多くは自分の子供にタトゥーを入れてほしくないという考え方。


これに対しては理解できるものの。


日本の刺青を「ヤクザのシンボル」としか考えていない戦後生まれの高齢者や、色々面倒だからタトゥーtatooお断りという風潮も単純に思考停止、そして他人を見た目だけで判断している差別主義にもつながる風潮なのではないかと思いました。



昨今では芸能人のりゅうちぇるさんが親になった記念にタトゥーtatooを入れたことを公表したことにより物議を醸していましたが、この問題も叩く人は嫉妬の感情もしくは、歴史、文化的に無知でしかないと私は思います。


りゅうちぇる

タトゥーについてのコメント

https://www.instagram.com/p/BmvbjKEhX6x/?utm_source=ig_share_sheet&igshid=161vl4qibha7k





まとめ

 

 

日本国内に純血の日本人しかいないということは江戸時代の鎖国じゃあるまいし、既にありません。

更に少子高齢化によりこれからもっともっと移民を受け入れなければいけない時代がやってくるはずです。


すでに都内のコンビニの店員はかなりの確率で外国人の方が働いています。


暴対法が厳しくなり、ヤクザはおおっぴらに街を歩いておりません。



 私の思うにタトゥー問題に限らず今後、多様化する社会に日本人に求められるものは、


〝自己責任と自己判断能力の向上〟

だと論じます。



なぜなら、一昔前の昭和〜平成の全盛期のような、当時のテレビのように老若男女皆が同じ情報をみて、一喜一憂する時代は終わっているからです。

タトゥーtatoo文化もその一例として、イレズミを入れている人というのも映画の世界、もしくはモノホンのヤクザの社会といった幻想はとうの昔にふきとんでおります。


昭和に活躍し、そこから平成を跨いだヒーローたちもいよいよ引退の時期になりました。

これからはその影さえも霧消していくでしょう。


昭かに和み。

平に成った時はまもなく終わりを迎えるのです。


これからは自分で判断し、自分で責任をもって行動することが必要なのではないでしょうか?


全く見ず知らずの人に私という存在を認めてもらうために何を話したらよいでしょう。

それは自分のアイデンティティを話すことだと私は思います。


あなた自身の経験

ということなのではないでしょうか。


それはなにものにも代え難いアートのようなものです。

私はその一例としてタトゥーという表現があると思っております。

表現の自由というのは私たち人間としての権利でもあります。

どうか、少しずつでも、ひとりひとりの意識が変わっていきますよう願っております。


随分と長くなってしまいましたが、

最後までお読みいただき本当にありがとうございました!